3兄弟VSおかん道 修行日記

こどもの心が元気に育ちますように。子育て下手の私でもできた「親業」を取り入れたプライベート育児日記・不定期更新中

今日は奈良少年刑務所で更生教育の講師をされている
寮美千子さんの講演会に行ってきました。

少年たちの書いた詩の中に、とても印象的なものかありました。

「いつも いつでも やさしくて」

ぼくが泣いて帰ってきたときも
怪我をして帰ってきたときも

いつも いつでも やさしくて

ぼくがはじめてウルセーって言ったときも
初めて学校で問題を起こしたときも

いつも いつでも やさしくて

ぼくが落ち込んでいるときも
反抗したときも

いつも いつでも やさしくて

そんなやさしい母さんだから
ぼくもやさしくしようっていう気持ちになる

でも ぼくのなかには「俺」がいて
そんな「俺」は時々
なにかに当たり散らして
ブツかって生きたかったんだ
でも

あなたは いつも いつでも やさしくて

だから本気で ブツかれなくて
だから本気で わがまま言えなくて
だから本気で さびしくで

やさしさで包んでくれる母の愛

ぼくはしあわせだけど
その「愛」が「やさしさ」が
ぼくのなかの「俺」を不自由にする

「俺」を母さんのまえで自由にして
本気で手足をバタバタさせたい
いつも いつでも

でも 少しも母さんに迷惑かけたくないんだ
そう そのやさしさの前では

いつも いつでも やさしくて
 (「空が青いから白を選んだのです 奈良少年刑務所詩集」:寮美千子編 新潮文庫より)

やさしさが真綿のように人のこころを締め付けることがあります・・・と寮さんのコメントが入ります。
少年の、母親を苦しめたくない気持ちと、本当の自分を愛して欲しい、認めて欲しいと叫んでいる気持ちが葛藤しているさまが、とても苦しくなります。

少年は、母親にもっと爆発して欲しかったがために、
本当の自分を見せないことに苛立ちながら問題行動を起こしたのかなと、つい考えてしまいます。
淋しくて、淋しくて、最後まで行ってしまった。

愛情がホンモノかどうか試してみたくなる・・・愛情に確信が持てない人はよくやります。
わたしも経験があります。

昨日は親業一般講座の第7回目。
ゴーゾンメゾットの醍醐味である、「第三法」と言われる手法を使って、2人の間に起こった”対立”を解決していくプロセスを実際に体験する。

ここでの一番のポイントは、自分の中に”譲れないもの=欲求”を確認することなんだ。
何を大切にしたいか?
何を望んでいるか?

子どもと親に対立が起こるのは、お互いの”譲れないもの=欲求”を守るために必死になるから。
何とかして守ろうとして、あれこれ、いっぱい考える。

そうなのだ。子どもにとって親は”自分の大切なもの”を奪いにかかる、敵になるんだ。
大切なものを奪われそうになると、誰でも必死で守りたくなるもの。
親だって、子どもに”自分の大切なものを”いっぱい奪われているかもしれない。
だから、争ってしまう。

相手にとって”本当に大切なもの”は奪わない。そこは絶対に尊重する。
その大原則があると、話は変わってくる。
奪われないのなら、必死で守らなくてもいい。

本音で話す。すると思っても見なかった相手の気持ちに気づく。
これをしたいんだ。こんなことで困っていたんだ。
「これはあなたにとっては譲れないものなのね。」この一言で状況が変わる。

こうなると、お互いの譲れないものをどちらも守るのは、思っているより簡単だったりする。
だって、本当は親は子が大好きだし、
子だって親が大好き!力になりたいと思っているんだ!!

2人にとって一番いい解決策というのは、存在する。
おまけに一人で自分を守らなくても、相手も自分を十分に大切に思ってくれているとわかり、
結構ジーンとくる。うれしい。
こころの相互作用によって、子は驚くほど成長する。
子を成長させるのは、目に見える”信頼”と”尊重”。
第三法はスグレモノです!

家の壁づたいに隣の寝室まで響く目覚まし時計の音で、わたしは毎朝起こされる。
長男(高1)が、朝早めに起きて犬の散歩をしよう、としてセットしたものなのか、
二男(中2)が、クラブの朝練に行くための余裕のある朝を目指そう、としてセットしたものなのか、
2人の目覚まし時計の音を聞き分けていない私にはわからないけど、
どちらかのものであることは確か。
そしてどちらも全く意味がないことも確か。

いつも彼らは急いでいる。

徒歩通学の長男は、最近家を出る時間が遅くなった。
以前より10分は遅い。

リビングの壁時計で、まず学校の登校時刻に目をやる。そこから我が家から学校までの所要時間を差し引いた時刻に目をやる。分針がそれに迫っている。
「今、7時45分」
「大丈夫?」「急がないと遅刻よ」と言う代わりに、時刻のみを伝えることにしている。

時間がどんどん経っていく。今日はヤバそうだ。「車で送ってやろうか?」あせる息子の姿を目の前にして、もし夫がここにいたら絶対に言っているセリフ。どうしようかな?言ってあげようかな?

言わないことにする。

その代わり、彼が何か言ってきても、非難がましいことを何も言わないで、黙って車を出してあげよう。
声がうわずらないように、心の中で”にこにこYES”の準備。

「もう、あんたって子は~早くしないからよ!しょうがないわねえ~」
私は、このセリフは極力言わないことに決めている。だって、私は絶対に送っていくわけで、
そんな場合、”いやいやYES”より”にこにこYES”の方がはるかに子どもの自立に対して効果的なのだ。

”お母さんがいてくれて助かったな~”と、純粋に思ってもらうほうが、後々絶対に”得”
「子どもの問題」と思うなら、わたしが怒る必要はない。
甘やかさないけど、いざと言う時に頼める関係。
親業では、自立するために必要な「正当な依存」。自分から「送って」と頼む行為も大切なんだ。

「正当な依存」で、母親の車に乗った長男は、進路のことで母親から話を聞かされる。
文系か理系か、進む道を決める選択。先日の定期考査で、自分の高校生活最高点をとった物理を捨て、文系に進むという彼に、不安いっぱいの母親。

彼の説明ではその点数は山が当たった”マグレ”だったらしいが、ちょっとの勉強で点数が上がるのは基礎が入っているからで、授業が超つまらないのはわかるけど、せっかくの得意分野で勝負しないのはもったいない。
そんな話をすると、
「非難されてるみたい」と一言。
「・・・・・・」
コンサルタントはムツカシイ。彼を信じていればもちろん任せてあげられるのだろう。
最終的には、それでいいんだ。でも、言っておきたいことがあるような気がする。
言いたいことを言わずにいて後悔しないように、そして結局伝えたいことは何なのか?わたしは考える必要がある。
これは「私の問題」だ。

”人のコトバを鵜呑みにしてはいけない”と気づいたのは
もう相当に大人に近くなっていた頃だと思う。

それまでは、そんな事があるなんてわからなかったから、
いつもコトバどおりに解釈していた。

「アカンなあ」と言われれば、「ああ、アカンのや・・」
「出ていけ」と言われれば、「ああ、出て行かなくちゃ・・」

正確には、親のコトバは抽象的なコトバが多かったから、親の真意がわからなくていつも解釈に苦労していた、いう方が近いかもしれない。

「こんなんで、どうすんつもりやねん!」
「わかっとるんか!」

「????????」

ここで安易に返答してしまうと、怒りを増殖することになるということは、さすがにすぐに覚えたから、
「どうする?と言われても・・・・」
「それは、わかってるつもりだけど・・」
なんて、絶対に言ってはいけない。

「今のは何と言う意味ですか?」
「私の○○という行動について怒っているんですね。心配しているんですね。」
なんて、今だったら言えるかな?なんて思うけど(多分絶対に言わない)

だから「黙ってたらわからへんやろ!」と言われても、黙っているのが正解。
挑発に乗ってはいけない。子どもに発言権はないのだ。
唇をつぐんで時をまつ。

30分ほどそのままにしていれば、解放される。

その30分間、親からは、ぼーっとしていたように見えたかもしれないが、頭のなかは
「?????????」だらけ。

気の効かない娘と言われようが、何を考えているかわからないと言われようが、他に方法はない。

高校生になったある日突然、私の同級生が、自分自身のことをしっかり見据えて将来を語る姿に、驚いた。いつの間に、こんなに精神的に成長していんだろう・・。
視野が違う。住んでいる世界が違う。わたしはずっと家の中に住んでいる。親の目を気にし続けて、それだけで精一杯。自分の中に起こる大きな葛藤を処理するのに精一杯だったんだ。

同級生の後ろに見えた翼が眩しかった。でも自分の背中には翼がない。もぎ取られているみたい。悲しかった。どうしてこんな風になっちゃたんだろう・・・。

両親のコトバの影響をもろに受けて、息苦しかった家。
親はあり余る強い愛情と愛着を、そのまま子どもにぶつけていた。

親業を知り、両親が単にココロをコトバに変換する能力がないだけだと知った時、
今までの”自分のいたらなさ”から解放されたように感じ、救われた。

ココロのしくみ、怒りのしくみを知るだけでも、自分の中に何が起こっているのかがわかり、平静になれた。
自分で自分を責めることも減った。
更に、訓練をして、日常的にココロをコトバにそのまま変換できるようになると、相手の反応が明らかに変わった。自分に協力なんてみんなしてくれないと思っていた。私のことなんて誰も気にしていないと思っていた。ちょっと違うみたい。嬉しくなってきた。徐々に相手を信じられるようになった。

愛情が、暴力になって、愛する子どもを傷つけてしまわないように。

二男(中2)の期末考査が終わって、長男(高1)の期末考査は12月。
狭間の土日。我が家は平和だ。

夫は仕事。三男は土曜参観日、二男は部活。
めずらしく長男と二人になった昨日の朝。
ポツポツと出る長男の他愛のない話に、丁寧にコトバを重ねていくと、
日々の色んな話が出てくる。

勉強のこと。友達のこと。先生のこと。

やっぱり”聞く技術”を持っていてラッキー!聞くと子どもの世界がちょっとだけ見えたような気になり、安心できる。

子どもなりに色々と考えていることがわかる。

考えていることがとっても幼稚だと思うことがあっても、確実に成長していると感じることの方が多いし、
事実、長男はしっかりしている(と思う)。
何より、自分の人生を一歩ずつ積み重ねていってる、その事実が嬉しい。

充実した毎日を送っていて
”毎日が楽しい!”って、言える高校生って、今の日本で一体どれくらいいるんだろう。

母親が、話をする対象として存在していることも、嬉しいな。

そういえば、最近、帰宅時間が以前より早くなった。
ちゃんとわたしに考慮してくれている。

話さないと、わからない。
知らないと、理解できない。
愛情が、不安や恐れによって苦しみに変わらないように。
愛する我が子を苦しめてしまわないように。
わたしはこれからも、親業ゴードンメゾットを使っていきます。

中2の二男があまりにも勉強しなくて、
夕べとうとう切れてしまった。

現在、期末考査中。
にもかかわらず、テスト期間中であるから昼に帰宅したあと、ゲームをしに出かけていったのだ。
その時色々あって(ちょっと非公開)その事に驚かされる。説教する。しかし次の日も大してかわらず。
学校からの保護者宛のプリントも全く見せない。
ホンマ、どうなってんの~????

全くテストに向けて気持ちが入っていない。
今まで、本人の問題として見守る姿勢をとってきた私。それは勉強は本人の問題だからに他ならないから。
特に、三人の息子の中で最も”他人から指示される事”が嫌いな二男。
いつか自分でエンジンがかかる時がきっとくる・・・と思いながら、極力見守りを貫いてきた(つもり)。

過去、私の想像を絶する点数の解答用紙がヒラリ・ヒラリ・・・・

「これ100点満点?50点満点?」
「カケフ?イチロー?」「ヒヤマ?ナカハタ?」(←点数ばれるかな?)

めまいがしそうな、点数にもめげずに明るく返していた。
まあ、こうは言っているが、二男からしてみれば
チクチクとしたイヤミがいっぱいだったかもしれないけど。

で、もう中2なのだ。

もちろん、中3の2学期から奇跡のV字復活を果たした受験生の話は良く知っていて、
いつも内心、それらの話を思い出して、自分で自分を励ましていた。

「いつか二男も目覚めるよ!スイッチが入る!親業を信じて、自分を信じて!」

しかしながら私の、どうにかこうにか保っていた理性の糸は、この度重なる二男の想像を絶する暴挙(?)により、
プッツン!

一気に吹き出る。なんと言っていいかわからない。
「#×######・」

何だか、口も利きたくない。
二男がイヤでたまらない。怒っている。
怒られている自覚のない二男が、またわたしの感情を逆なでするのだ。
「出て行って!!」
この一言は言わなかったけど、私の頭に出てきた。
人間とは、自分を苦しめるモノを排除したい衝動に駆られるのだ。

もっと強制的に勉強する環境を整えておけば良かったのか?いや、そう思いたくない。しかし今の教育システムではある程度必要なのでは?
この葛藤も慣れてきた。

「わたしは怒ってるから」
最後にそう言って、昨日はおわり。

次の日の朝(つまり今朝)

「お母さんはアンタにがんばって欲しいんよ。」
こう言えばよかった。ふっとコトバが出てきた。

二男は昨夜、がんばって勉強したらしい。苦手な社会と英語だけど、がんばって覚えたらしい。

「今日のテスト、英語の単語は出来た!社会はまあまあ。」
学校から帰ってくるなり得意気に話す二男に
「昨日、言いすぎてごめん。」と言ったけど、
「何て言われたか覚えてない・・」なんて明るく言い返される。

もどかしさと、愛情が交錯する中学生の母。

3人の息子がいると言うことは、それだけ所属しているクラス、クラブが多くなるということであり、
母親である私の交友範囲も自然と広がる。

授業参観、PTA、クラブ、習い事、それぞれ何人かと話す機会がある。
そして一番の関心事は、モチロン子どもの事。

「ゲームの時間が長い」
「勉強しない」

悩み事2トップ!

お母さんたちは、気になる子どもを前に、あれこれ言うことをやめられない。
でも、もちろん、あまり効果がない。

なぜか。

「勉強しなさい!」「勉強しないとアカンでしょ!」「もう~何、考えてんの?」

子どもに効果がない理由をわたしは知っている。

これらのコトバは効果がないばかりか、ハッキリ言って、逆効果だ。
こんなコトバを毎日聞かされたら、ますますやる気を失ってしまう。

じゃあ何と言えばいいのか。
これは一言で言うのはムツカシイ。
なのでわたしはいつも、友達であるママ友の話を聞くだけになってしまう。
問題を持っているのは、彼女だし・・・。
子育てのことで、第三者に説教をされることほど、不愉快な事はないという、
わたし自身の価値観も邪魔をしているのかもしれない。

それに、
もし教えてあげても上記のような場合、
言い方を変えただけで即効性があるとは思えない。
事実、あたしだって、未だに苦労している。
教えてあげた新しいやり方が効かないと思われるのは嫌だ。

でも、逆効果な言い方よりはマシ?

本当はわたしも話したい!
みんな、間違ったやり方をしている。
育児書を読んで、せっせといいお母さんを務めているのに、
全く逆効果なんだ。

もったいない!伝えたい!
あーん、もどかしい。
うーん。。。。

わたしはいつも、こんな場面の後で、悶々としてしまうのだ!
あ~あ、情けないなあ

それで、堂々巡りはもう止めて、前に一歩踏み出そうと思う。
みんなも、前に一歩踏み出しませんか?

「親業」とは、つまり”親としてのシゴト”
世の中でも、もっともムツカシイ、忍耐と根気のいるシゴト。それで、日本では「親業」と翻訳されています。

この「親業」は、もともとは家族や地域、社会とともに、それぞれの価値観の中で行われていた。だから、ほとんどの人はみんな”自己流”でやっていて、”その家の味ナイフとフォーク”があります。


だけど現在は、”健全な心”を育てる 科学的な知識がどんどんわかってきている。

人の成長を、どうしたら効果的に助けられるか?とか、効果的な意思の伝達法、とか、人間関係に及ぼす”権力”の影響、とか、対立を建設的に解決する方法・・などなど。

料理で言うと、”味付けはさ・し・す・せ・その順ががよい”とか、”煮物は火からおろしてから味がしみる”とか。そんな科学的な知識。
料理が好きで、どうしたら美味しくなるかを常に考えている主婦は、経験値から自分で法則を発見しているかもしれませんね。

そんな人は科学的根拠を知って

「あら、こんなこと、聞かなくてもわかってたわ。わたしのしていたことは、正しかったのね。」

なんて・思うかも・・べーっだ!

でも、経験のない新米ママに、料理のコツとしての、調味料を”さ・し・す・せ・そ”の順番に入れるという知識は、役に立つかもしれない。失敗を減らして、早く自分の好きな料理ができるかもしれない。料理の負担感が減り、好きになるかもしれない。

同じように、子育ての新しい知識を、”普通のお母さん(心理学の知識のない)”が、知れば、どうなるか???

子どもが健全に育つために、効果的な方法と、効果が薄い方法。
子どもを助けるために、効果的な方法と、効果が薄い方法。
知ってるだけで、子育てが変わるかも??

子どもと気持ちが上手くかみ合わなかったとき、どうしてそうなったのか理由がわかる。
本心を伝える効果的な言い方がわかる。
次回に備えて、リハーサルできる。

いい関係が保てると、あなたが本当に子どもに伝えたいこと、あなたが大切にしていること、受け継いで欲しいことが伝わる、

あなたのやりたい子育てに近づける!!!

そんな、「子育ての知識と技術を身に付けることができる勉強会」

それが「P.E.T親業訓練講座」です。
知ってると、言葉の空回りや誤解を生む言い方を避けられるので、
子育てを効果的に行うことができるのです!!

親は子どもの将来や幸せを常に考えています。

親は、自分が人生を歩んできた道のりの中で身に付けた価値観を、人生の武器として子どもに与えようとします。そうすることが、子どもにとって幸せだと信じるからです。

でも、子どもには子どもの人生があります。生きる時代も、社会も、全く違う。なので、子どもは自分で自分の価値観を身に付けなければならない。

ここに、ジレンマが起こります。

親業の方法は、人間学に根ざしているので、この辺りの子育てのムツカシイ部分が、簡単にできる。

システム化された方式にのっとって、今の自分をあてはめていくと、効果的な言葉が作れる。後で後悔しなくてすむ。

結果、子育ての大失敗は免れる・・

不登校やひきこもりで苦悩している親のための具体的な援助方法として、高く評価されていることが証明しています。

実際に、わたしも親業の方法を取り入れて子育てをするうちに、子どもが

「親の価値観を認めつつ、自分のアイデンティティをしっかり確立していく・・」
そんな様を日々見せてもらいました。

それは自分の育ってきた過程とあまりにも違って、驚きの連続。

子どもが自分から育つことに、大きく関与できる。

この実感が、母親としては、”超オイシイラーメン

オススメの育児法です。

こんにちは。ご機嫌いかがですか?

子育ては子どもが「主役」!わかっていても、理想どおりに行かない日もある・。

そんな時も、きっとあなたの役にたつ”子育ての道具”があります。


メンタルのつよい子どもを育てたい!

幸せいっぱいの子どもを育てたい!


そう思ってるママに、とっておきの“道具”と“使い方”をお届けします!


とっておきの“道具”って何?
それはズバリ 
“子どもがつい本音を話したくなっちゃう聞き方” と
“私が本当に困っているとわかる文句の言い方”


小さいときには、何でも言うことをきいて
可愛かったこども

なのに、当然ながら成長と共に言うことをきかなくなります。


「もう!早く帰ろうって言ってるやん!
なんで言うこと聞かないのよ、うーんにくたらしい!」


こんなのは、まだ可愛いむっ


「また弁当箱出してないやん~!!いい加減にして」

「脱ぎっぱなし、ダラダラして、勉強しなさい!!」


あるあるわんわん


うちは男の子ばかり三人

ホントにみんなボーっとした子ばかりで、

まあ、女の子もそんなタイプもいるかもしれないんだけど・・・・


と、そんな時、

わたしは本当に困っていて、そう言っているわけなんだけど、


実は子どもは

”ああ、お母さんが困ってるんだなあ~ ちゃんとしなくちゃ”

って思わないんですよね。


なぜか?

理由があります。


じゃあ何て言ったらいいの?

言い方があります。


なぜ、子どもはやる気がなくなるのか?

何と言ったら子どもに伝わるのか?


一緒に学んでみませんか?


知ってると損しない!!

と言うか、実際に知ってみると、誰でもああそっか~と納得!

言い方をかえてみると本当に効果がある。目からウロコ目


で、続けると、家の空気が変わってくるドキドキ


そんなスグレモノの講座をやっています。

ご興味のある方は、是非一度体験してみてください。


アルパカの親子の置き物
親になって17年。
当初は随分と悩みました。
母親としての理想像と、自分の中にある欲求、もどかしさ、苛立ち。
子どものことが可愛いし、大切にしたい。だけど際限なく母親を求める子どもに、自分の全てを奪いつくされそうに感じたとき、この小さい”悪魔”とこの先どう接していけばよいのか、急に大きな不安に覆われたのです。

マニュアル世代である私は、たくさんの”伸びる子を育てる育児書”を読み、その通りに実践していた最中のことでした。

そして、見つけたんです。「親業」という方法を。
「こんな風に育ってくれたらいいのにな」と、私が思っている”理想の子育て”と
「大好きだけど、心配だし理想どおりにできないし、どうしたらいいのかな」と感じている”現実のわたし自身の気持ち”に折り合いをつける方法。
そしてそれらを子どもに向けて表現する具体的な方法。

何と、この「親業」には、その具体的な方法を練習して自分のモノにしちゃう講座まであって、
これは受けなくっちゃ!!ってすぐに申し込みました。

「親業」を開発したのは、臨床心理学者のゴードン博士で
人の心理、真理がバシッと説明していて、それはもう、私が長年うすうす感じてきた、
”言葉のウラガワ”からなんとなーく、でもしっかり伝わっちゃう
相手を”大切にしていない”メッセージのオンパレード!
今まで引っかかっていた言葉の意味が一気に解決して、それだけでも救われた気持ちになりました。

大人や親の言葉に、嫌悪感を感じたり、やる気がなくなっちゃうのは、
すべて理由があったんですね。

講座を受けて、言い方を変えたら、子どもの行動がすぐに変わりだしました。
”理想の親”を演じなくてもよくなり、私は随分ラクになりました。
本心を表現することに慣れていない私は、そうする度に子どもの目や態度が気になりましたが、すぐにそれは私自身の思い込みであるとわかりました。子どもはどんな母親でも責めません。このことがはっきりとわかり、私は自分の価値を自覚しました。自分のヘンな思い込みを子どもに受け継がずにも済みました。

誰でも、皆、自分の思い込みの枠を持っていて、知らない間に子育てに影響を与えています。この事実を腑に落ちるまでしっかりと理解しておくと、後々の子育ての質が違うと思います。
人間関係や言葉って、もう生まれてからの習慣になっているから、すぐにはピンとこないこともあると思います。また、長い子育ての間で「ああそうだっ」て急にわかる時もあります。ホントに子育ては何が起こるかわからない。でもいきなり訪れる親子の対決の時に、子どもに通じる言葉を持っているかどうかは、大きいと思います。

「100%実践はムリでも60%実践を目標にしよう」と「親業」を使い始めた後は、小さな愛情でも空回りせずに伝わると、子どもへすごい効果があると実感しました。ありのままの自分に自信を持ち始め、伸びやかに堂々とし始めたのです。

困った行動については、育児書によくある”時間を掛けて諭す”は、全く効かない!好奇心が旺盛で刹那に生きる男の子には使えない、と思っていましたが、「親業」の方法は、全く違って、これがすごい!!
毅然とした態度で親が向き合い、言葉に責任を持ち感情を引き受けることで、逆に信頼感が伝わるんです。親の気持ちに応える為に一生懸命考えて、進んで行動を変えてくれて、「お母さん、見て見て、ボクは出来るんだよ」って言わんばかり!!この効果には驚きでした。
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親ががんばると、子どももがんばってくれるのですね。
びっくりして、嬉しくて、それがまた愛情と信頼を生み出して、小さな愛がどんどん膨らんでいく・・・。
そんな経験をいくつも重ねてきました。
子育ては半分がんばるだけでよかったんです。後の半分は子どもががんばってくれる。
こころが通いあうたびに、親子関係が深まっていく気がして、
こんな関係があるんだって、我が子とそれができるんだって、ホントに嬉しく幸せな気持ちになりました。
”悪魔”は”天使”になりました。

「親業」は力を使わない、それぞれを理解し認め合う人間関係をつくります。
人は、人間関係で悩まされることもあれば、人間関係に助けられることもあります。

人は、強い部分と弱い部分をどっちもいつも持っている。
どちらが出るかは、紙一重。ちょっとした言い方や態度にもよると思うんです。
強い部分が出るように、お母さんがしっかりと向き合って、愛情と理解と勇気を子どもに伝える。
その効果的な方法と訓練が「親業」です。
そして、その方法は、親が使っていると、子どもへは自然に受け継がれます。

周りにいる人々と、お互いに理解しあって、心を通わせあって、
助けたり、助けられたりしながら自分の道を見つけていける、
あらゆる力の暴力から、自分自身をきちんと守れる、
そんな幸せいっぱいの子どもに育って欲しい。
キラキラした瞳で!!

そんな子育てのお手伝いが少しでも出来たらいいなと思い、
毎日自分に何が出来るんだろうと考えています。

子育てって、楽しい!子どもって可愛い!!
今、わたしは本当にそう思っています。でも”武器”が必要です。
子育てをやり遂げる”武器”。こころを通わす”武器”

自己流でやるのは、もったいない!

講座や体験セミナーなどで、「親業」をもっと知ってもらいたいです。
一緒に子育てについて語り合い、武器を磨いて、
あたたかい、ぬくもりのある家を
いっぱい増やしていきたいです。

あなたにも出来ます!!
わたしでも、出来たんですから!

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