3兄弟VSおかん道 修行日記

こどもの心が元気に育ちますように。子育て下手の私でもできた「親業」を取り入れたプライベート育児日記・不定期更新中

2010年05月

昨日、長男(中1)がわたしに ウソを つきました。

「えっ?オレ知らんよ~ さあ~ やってないし・・・」
芝居がかった風。さも 無関係っぽく、シラっと 誤魔化します。

が、そこは 母親。幸か 不幸か、息子の ウソなんて 見抜いてしまいます。
(母親の カンを なめたらあかんぜよ)

正直 ショック でした。信用されていなかった
つい 先日に 続いて 2回目です。”やったこと” は もちろん 大したことではありません。

誤魔化す=ウソをつく。

ウソは ウソを 呼びます。

ウソを ついた方は、どんどん 追い詰められていき、
ウソを つかれた方は、どんどん 相手に 絶望します。

最悪な 気分。
この モヤモヤを どうにかしてくれえ~

その後、長男を つかまえて、こう 切り出しました。

「あんたは お母さんに 怒られるのが イヤで、ごまかしたんやね。」
う・・ん
「お母さんに 怒られるのが、イヤなんや」
うん (小さくうなずく)」
「怒られて、自分が 悪い子やと 思うのが、イヤなん?」
「それもある」
「それも?」
「うん」
「・・・・・・(しばらく待つ)」
「ボクは お母さんの 怒り方が イヤや。最後に 何も 言えなくなるような」
「最後に 何も いえなくなるような。えーと それは どんな 怒り方かな?」
「うまく 言えんけど、『なんでやったの?』 とか言われて、ボクが 何か言っても、『それは~と違うの?』って言ってくる。ボクだけでなくて、他の子にも そんな言い方する。」

「追い詰められるように 感じるのね。」
「うん、そう。」
「そんな 怒り方を されるのがイヤなんだ。でも 弟2人は、お母さんが そう言っても、ちゃんと 自分の言い分を 言い返してくるよ。」
「うん。それは知ってる。」
「そう・・。じゃあ、家族のルールを破った時は、『何でやったの?』 なんて聞かずに、例えば 罰がきまってる方が いいのかな?」
「・・・・(しばらく考えて)そのほうがいい。」

「わかった。
話せてよかった。あんたが詰問されるような 怒られ方が
とても イヤなことが わかった。
それで、お母さんには、ウソとか 誤魔化されることが、一番 辛いことやわ。ホントに 凹むし、こたえる。それは分かっておいて。」
「うん。」

色々なコトが わかった 会話でした。
長男は 涙を 一筋 流していたけど、それは こころの中を 伝えようと 感情が高ぶったからだと思います。
思いを表現するのが 下手な子です。よく言ってくれました。
反省すべき点、多し。
現在、ちーままは こころの整理中です・・・・

でも、子どもに
「学校に行きたくない」 なんて言われたら
本当に 驚いてしまいますよね。

どうしよう・・・・・?

まずは、お母さんが、落ちついて。

「そんなこと言わないで、学校には行きなさい!!」 
とか
「なんでそんな事いうの?何かあったの?ちゃんと話しなさい!」
とか

親としても、かなり 動揺してしまって、
すぐに 解決してしまいたく なりますが、

少し、子どもの 辛さに 目を向けて あげられれば、
と思います。

子どもから、「学校に行きたくない」 なんて言われて、
親が 辛くなる。
むっちゃ 辛くなる。
だから、力ずくで 解決したくなる。

でも、本当に辛いのは 子どもだから
本当の解決に ならないことが 多い。

むしろ、もっと 子どもは 辛くなって しまうようです。
(ちーまま)

「学校に行きたくない」

突然 子どもに このように言われたら、
誰だって、「ドキッ」 とするでしょう。

え~っ もしかして 不・登・校
なんで   どうして
うっそー

「学校に行きたくない」

たしかに ”次の言葉” は 何なのか と、ドキドキしますね。

だけど、
「学校に行きたくない」 と
「学校に行かない」 は

同じでしょうか?

ちょっと違いますよね。

「晩ご飯 作りたくない」 と
「晩ご飯 つくらない」 は 違うのです。

わたしたちも、メンドクサイ と思いながら
晩ご飯をつくっている事、ありませんか?

「学校に行きたくない」 は、
「学校に行きたくない(ほど辛い)」 ということなのです。
(ちーまま)

休日の 洗濯物たたみは
二男(小5)の 仕事です。

洗濯物は 家族5人分。結構 大変な 仕事です。

「お母さんはね、家事の洗濯物を たたむのが、家事の中で 一番 キライ!!
 だからね、それを あんたが やってくれて、ムチャムチャ 嬉しいし、
 助かるねんよ~。」

肯定のわたしメッセージ。

「へえっ ほんまなん

目が キラッと光って、何とも 驚いたような、嬉しそうな顔で、
こう、言い返してきました。

二男にとっては、食器洗いなどの他の家事より、楽勝のようです。

二男は 気分に ムラが あるタイプ。
洗濯物たたみも、それぞれの 引き出しに直すまで、完璧にしてくれるときもあれば、
山のように たまっていても、見向きもしない(きっと眼中にない)ときもあります。

でも、不思議な事に、
私自身に ゆとりができたのか、
そんな時でも、ムカッ と しなくなりました。
(ちーまま)

「ちーままさんの家は、休日は子どもが洗濯をしているのね。
 ウチも 子どもが 自立するように
 これから 厳しくして、洗濯も 自分で させないとダメかしら?」

なんて、思っている方が おられるかも しれません。

わたしは、”休みの日に 自分だけ 家事をするのが イヤな人” なので、
それを 解決するために
子どもにも やってもらっている だけなのです。

OL時代に 30歳前の先輩が、毎日お母さんに 靴を磨いてもらっている、と聞いて びっくりしたことがありました。
彼女は 自立していないどころか、よく気がつく とても優しい先輩でした。
そして、「結婚したら わたしも アタリマエのように 子どもの靴を磨くと思うわ」と
言っていました。

大学時代に 親から たくさんの仕送り金を もらっていたという友達。
家庭に入ってから、使っていない 部屋の電気は 消して回る倹約家で、
買い物は ノーローン派の やりくり上手です。

甘い親、優しい親は 自立の妨げになる、ということはありません。
親や 家族から 十分に 愛情と 手間を かけてもらっている 子どもは
ちゃんと 自立します。

優しい親、厳しい親、
それぞれに、さまざまな子育てがあります。

問題は、
愛情をかけずに、お金だけかけたり、
(愛情の代わりに、お金で解決したり)
子どもの意思を無視して手を出していたり、
親がイヤイヤ手間をかけているときです。

逆に言うと、
親が どれだけ 子どものために 手間をかけても
親が 機嫌よく していなければ、子どもに 親の愛情は 伝わっていないのです。

親が 自分を大切にすることは、実は とても 大切なことです。

しかし、育児熱心な人ほど、
「抱っこしてあげなくちゃ」 「本を読んであげなくちゃ」 と、
ちまたの情報から 「~せねば」 とか、「~するべき」 と思って
子どもに 接している人が 少なくありません。

「自分はどう感じる人なのか」
親業では、気持ちを整理して、自分の本当のこころを大切にすることからはじまります。

自分を大切にすることは、
子どもや 家族を 大切に することに つながります。
(ちーまま)

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