3兄弟VSおかん道 修行日記

こどもの心が元気に育ちますように。子育て下手の私でもできた「親業」を取り入れたプライベート育児日記・不定期更新中

2012年05月

「ただいま~。お母さん、今日ね、○○に遊びに行ってくる。」
午後3時。三男が小学校から 帰ってきた。
遊びの予定が入っていると、声が明るい。

「おかえり。誰と?」
「A君とB君とC君。」
「いつものメンバーね。遊びに行ってもいいけど、ピアノはいつするの?」

三男は ピアノを習っている。先日、ピアノ教室からの 連絡帳に、
”もっと練習しましょう” と書かれているのを 発見してから、
わたしは 彼のピアノの練習に 口やかましくなっている。

「帰ってきてから、すぐにやる。」
「そう。でも、前もそう言っていたけど、やらなかったことが あったよね。」

三男は ちょっと困った顔になる。
「ピアノの練習をしなかったら、晩ご飯を 抜きにする。」
自分でバツを提案。しかし、
「そんなんしたら、お母さんが困る」
・・・・と却下。

いつもは 機嫌よく 送り出してくれる母親が、今日は様子が違う。
あたりまえやん。お母さんかって、いい顔ばっかり してられへんわ。
三男との 微妙な 知恵くらべ。
どうすれば 許可がおりるやろうか・・・
早くしないと、友だちが 誘いにくるゾ・・・・
バツはダメだったし、どうしよう・・・・(彼のこころの中(憶測))

本気で困っている。

「早く遊びに行きたいのね。」
「うん。」
全くしょうがないなあ~ という顔で
「帰ってきたら、ちゃんとやってよ。」
「うん。お母さん、ありがとうございます。」

丁寧語で話す三男。
ちょっと 恩着せがましかったかな?

知恵くらべは わたしの勝ち。
5年生に、十分通用する、”あなたを信頼しているわよ” メッセージ。
遊びから帰ってきた後、すぐに ピアノに向かっている。

これも、有効期日は三日と見る。
期待は小さく持っているほうが 精神衛生上○。それより続けば、気持ちよく誉められる。
期待を小さく持つことは、母親歴15年で培った 子育ての知恵。

本日、姫路市御国野町にある(JR御着駅から徒歩5分もかからないところに)
浄土真宗本願寺派 徳證寺さんへ行ってきました。

こちらの若い奥様が企画なさった【子育て応援会】で
親業を紹介する機会をいただいたからです。

日々、育児・家事・仕事に奮闘なさっているお母様方と
しばらくの間だけでも
ホッとできる時間を共有したい
とのご希望がありました。
別室では、託児を引き受けて下さるベテラン女性が4人もスタンバイ

約1時間
『子どもと接する時のコミュニケーションのとり方』
の話のあとは
出されたお菓子とお茶をいただきながらのおしゃべりタイム。

ママの心が和らぐと
子どもを見る目も優しくなるんじゃないかしら?

私もほっこりしました

去年の10月に 飼い犬を亡くした。

生後9ヶ月。ともに暮らしたのは 約7ヶ月。
なのに、時折思い出す。
わたしの胸の中に
何ともいいようがない 哀しみが、
ずーっと消えないで 残っているような気がする。

昨年の3月、初めて犬を飼ったわたしは、
その生態を なかなか理解できずに、
扱いに 四苦八苦する毎日を 過ごした。

吠えるわ、かじるわ、なめるわ、粗相するわ、臭いわ、汚いわ、うるさいわ・・・
でも、
吸い込まれるような、純粋で透明な瞳。
”私しかいない” と思わせてもらう事の、
気持ちよさ。

誰かの ”絶対的な存在” になるということ。
自分の中の、抑えていた欲望の扉を 開けてしまったような気がした。

「『わたしがいなければ、ダメなのよ』 と、本気で思ってもいいんだ・・」
これがきっと 犬を飼う事の魅力なんだろうな。

今までの生活で、
”わたしがいなければ、ダメね” と、本当は思いたいのに
”絶対にそんな事は ありえないから、思ってはいけない” と、言い聞かせてきた
感情を
自分の中に 肯定してしまって、いいの???
これは、自分のエゴなんじゃないのか。

人間相手には 許されない。
”絶対的な存在” のになることの快感を 体験してしまうのが 怖い気がした。

「ねえ、お母さん。犬って、麻薬みたいやね」
二男の言葉。彼もすっかり、その魅力にやられている。

最近、二男と三男のケンカが 激しい。

二男が 3月に小学校を 卒業したあと、
長~い 春休みを 持て余し、
時折、三男に チョッカイをかけていた。

チョッカイが 本気になるのに、時間は かからない。
あっという間に バチバチと 鋭い視線を 飛ばしあい、
三男が 目を真っ赤にさせて、2階に駆け上がっていく。

ケンカは 当人の間の問題なので、
原則、わたしは間に入らない。

昨夜、
風呂上りの 三男の手に、見慣れない 鋭い引っかき傷を見つける。

「どうしたの?」
「お兄ちゃんにやられた。」
「どうやって?」
「ペットボトルのふたを 手にグリグリと押し付けられた。」

直径2センチほどの 括弧の形の赤いミミズバレが
三男の手の甲に はっきり浮かぶ。

二男を呼ぶ。

二男を ひと通り 叱った後で、
長男と次男も、一時期 ケンカをしていたことを 思い出した。
殴りあいのケンカは、本人たちの目が 血走って形相が変わり、
ぶつかる音も激しくて、わたしは ハラハラして見ていた。

丁度、長男6年、二男4年の頃だ。

長男の怒る理屈が あまりに幼くて、微妙に戸惑ったことを覚えている。
長男が”キレた” という事実にも 戸惑う。
よく考えると、まだ子どもだから、幼くて当たり前。
感情をコントロールできなくて、当たり前。

今回も同じだ。

思春期に 差し掛かるころ。
まだまだ、未熟で、不安定で、幼くて、考え方も偏っていて、それから 妙なところでムキになり、
純粋で、真っ直ぐで、
かわいい。

総勢50名程の、会員&付き添いの保護者を先導して、
子ども会代表としての 一日が始まった。

用意したのは、予防のわたしメッセージ。
”素人のお母さんリーダー” に 事故が起こらないように 協力を求める。

わかりやすい指示も 心がける。

子どもたちは 素直だ。
わかりやすい指示には 従うし、
何やら やらかす時は、こちらのメッセージが 届いていない時、または
やることが なくなって、飽きている時だ。

行きは順調。

途中の移動で、列の中ごろの2、3人の様子がおかしい。
「どうしたの?」
事情を聞いた後、
「こそばしあいっこを していたのね。でも、後でやって。歩きながらすると、列が大きくなって、他に通行している人に 迷惑がかかるから。」

帰りは もう 疲れているのか、みんな 徐々に 弾けだす。
電車のホームで 走り出す 子どももいる。

「ホームで走ると 危険だし、他の人もいるところで バラバラで行儀よくしないのは 恥ずかしい!」
ちょっと大きな声で 怒る。
キッパリの ”わたしメッセージ” はやっぱり 効果がある。

何とか終わった。やれやれ。

高学年を リーダーと呼んだ。
それぞれのチームの様子を報告させ、お菓子を配り、チケットを預けた。
みんなそれぞれ、責任をもって、任務を 遂行してくれた。
チーム毎の 写真には、誇らしげな リーダーの顔が 写っている。

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