3兄弟VSおかん道 修行日記

こどもの心が元気に育ちますように。子育て下手の私でもできた「親業」を取り入れたプライベート育児日記・不定期更新中

2012年05月

子ども会の育成会の役員をしている。

子ども会の保護者が 順番に 育成会の役員になる。
任期は2年。
今年度、私は 代表になった。

”子ども会のおばさんリーダー” としては、
せっかくの 子どもが集まる機会。子ども同士がふれあい、絡み合い、
喧嘩し合い、協力し、考えあい、育み合える・・・そんな場を ひとつでも多く 与えてあげられたらいいな、と思っている。
子どもの力だけで 問題を解決する”小さな社会”。

そんな環境は 確かに ”理想”。
わかっている。

わかっていても、しかし 実際に目の前に子どもたちが集まり、
烏合の衆と化すと
親の心境は いっぺんに変わる。

「喧嘩が始まりそう・・・」「怪我しそう・・・・」「収集がつかない・・・」
母親たちは それぞれが持っている ”我が子防衛装置” の感度を思いっきりあげて
目の前に起こりそうな問題を、未然に防ぐ。
”理想” を口に ”行動” をあっさり変える。

「言ってることと、やってることが、違うヤン??」
思わず ツッコミを 入れたくなってしまう。
「危ないところやったわ」
我が子の危機を 間一髪で救った母親は、悪びれるどころか、自分の”存在意義”を満喫する。

”世間体”や”怪我”に対する不安は、
ためらうことなく 親たちに子どもの行動を止めさせる。

さて、子ども会。
わたしは、子どもたちの 考える力を信じている。
どんなチームでも、大人が助けてくれないとわかったら、頭を思い切りひねって、なんとか考える。
親御さんたちも 子ども同士のかかわりが、子どものために大切な経験だと 理解してくれると 信じている。

親業のコミュニケーションは 有効。
わたしは 自分も信じていられる。
ちゃんと 話が出来る。
これが強み。不安を力に変えてゆける。

洗濯物の山の中から 抜き出した
よれよれのTシャツを たたみながら、
隣にいる 長男に たずねてみた。
「あんた、これ、修学旅行に 持っていくの?」

長男は あわてて言った。
「お母さん、Tシャツ 買っといて。」
「わかった。何枚?」
「3枚。」
「どんなやつ?」
「こんな感じの・・・」
さっきの よれよれの Tシャツを 手にしている。
この、薄手のカンジが、今からの時期には 丁度よいそうだ。
なーるほど。なーんや。これでいいんか・・。
だけど、身長が伸びてサイズが変わってきているので、やっぱり買いに行くことにする。

Tシャツの好みを聞いていると 微妙にこだわりがあって
彼なりに 色々考えていることがわかる。
聞いてよかった。
昨日は、無駄な争い(?)をした。
初めから、こう聞いていれば よかったのではないかと、反省する。
でも 昨日があったから、今日のこの会話ができると、自分を慰める。

反省ばかり。
でも、すぐに 開き直る。

ありのままの 自分でいいと、”親業” に教えてもらった。

わたしの生活は、この繰り返し。

昨日、中学3年生の 長男の 修学旅行の
ちょうど 一週間前となった。

彼の 通学カバンの横に 無造作に 置いてあった”旅行のしおり” をパラパラめくり、
一応、持ち物リストを チェックしておく。

活動用ジャージ、パジャマ、下着 などなど。
”新しく購入することは避けましょう” と書いてある。

そういえば、下着・・・
ちょっと ヨレヨレになってきてるから、この機会に 新調しておいてもいいかも。
ところで、就寝用 ”パジャマ”は、スエットとかジャージが いいのかな?
上下のジャージは、主人が昔、使っていたものがあるけど、
どうなんだろ・・・着れるのかな?時代遅れでもいいのかな?

ということで、主人の仕事が休みだった昨日、買い物に行くことにした。

私がイメージしていた 長袖のジャージ、スエットは その店になかった。
夫は半袖、半ズボンのジャージをイメージしており、長男がそれを 私に見せに来る。
本人に 半袖でいいのか 確認する。

「・・・・・」

彼は 明言しない。わからないのか、どっちでもいいのか、それも 私は わからない。
『多分、なんとかなるだろう・・・』 としか 考えていないのだろうな、と 勝手に解釈する。

イライラしてくる。
彼の頭の中の 修学旅行のカテゴリーは まだ 輪郭が ボーっとしているのか。
それとも、下着やパジャマは 母親が先に 支度をするべきものなのか??
いやいや、自分の持ち物くらい、自分で管理して欲しい。そうなって欲しい。

「あんた、買うものないの?」
「ある。」

私の怒り口調に、彼の反応は早い。早すぎて、安直に応えている感じがして、余計にカンにさわる。

「ジャージはどうするの?雨用のカッパの上下はあるの?ちゃんと着てみたの?だれが用意するの?
もう~ 修学旅行に、行くツモリあるの?
(あーこれは言ったらアカンえーっと・・・)
 『家にあるもので用意するから、新しく買わんでいい』 ってちゃんと言ってよ」

私にすれば、もう一週間前。
彼にすれば、まだ一週間前。

下着などは、恥ずかしくないものを 着て欲しい私。
今あるものを用意するつもりの彼。(多分)

買い物をしたいのは、私??。
恥ずかしい思いを させたくない、浅はかな親ごころ。それも中途半端。
彼もはっきり言い切らん。中途半端。はっきりせい!

あ~ん、でもやっぱり 用意は自分でするべきや!!!これは譲れない!!

「旅行に必要なものが、前もって わかっていたら、あちこち見に行って、気に入ったものが 安くて買える。せめて一週間は欲しい。直前に言われたら、慌てて買わないといけないから、気に入ったものが買えないかもしれないし、高くつくかもしれないから困る。」

”わたしメッセージ” で結局落ち着く。

最近、実家の母とは 疎遠になっている。
あんまり 会っていない。
だから あんまり 話してもいない。

昔から そうだったわけではなく、
むしろ、仲は 良かったかも・・・。
一緒に買い物に行ったり、展覧会、紅葉狩りにも行った。
旅行に 行ったこともある。


親としての 自分に 自信が持てなくて、学びはじめた”親業”。
だけど、”親業”を学び続けることは、自分の親の子育てを 否定することであり
実家にいる時は特に、親を 裏切っているような、後ろめたさを 感じていたりした。

聞き方を マスターしたことで、親の話を 聞けるようになり、
表面上は 親子の関係は 穏やかなものになっていた。
 
ただし、わたしが 親の主張を 意見を さし挟まずに 能動的に聞いているときは。

わたしが 親に 本心を語ることは ほとんど無かった。

聞いて欲しいことは、山ほどあった(たぶん)が、そんな望みは 持たない方が 身の為。
絶望感で いっぱいになることを、とっくの昔に 学習している。

そんな私が、”親業”を実践するうちに、
時おり 自分が 感じていた ”生きにくさ” は
他人の評価を 得たい、 ”ええかっこしい” と、
そんな私を 何とかしてくれない周りの人を 非難してしまう ”依存心” によることに気づいた。

私には、親に 誉めてもらいたいという 欲求が 根強くあった。

この事に 気づいた時、既に わたしの中には
自分の意思に基づいて生きたい という 欲求が 湧き出るように しっかりとあり、
この 2つの欲求の中で、苦しんだ。

今までの自分の半分を 否定されるような、もぎ取られるような、
本当に、身が引き裂かれるように 感じて、何度も泣いた。
自分の中の親の大きさに、驚いた。

でも、もう”イイ子” は卒業したかった。

最近、母親の呪縛にくるしむ 娘の本が 発刊されていて
初めて読んだとき、
ああ、私だけでなかったんだ、イイ子でなくても、いいんだ
と 気持ちが軽くなったのを 覚えている。

あれから少し、時が経った。

イイ子をやめることを 責めていたのは、
私自身が 自分を 許せなかった だけなのかもしれない。

母は 私を 責めていない。

長男が 中三になった。

”受験生”という言葉は 彼に 全く似合わない。
強いて 言えば、”先輩”。
これは、なんとなく、ピタリ となってきたように 感じる。

家庭訪問で、担任の先生も
「勉強は、まあ、夏の大会が終わってからでないと、スイッチが 入らないようです。」

まあ、それは そうやろうな。
もうすぐ、春の大会、修学旅行と 楽しい行事が続く。

受験生だけれど、”本人の問題” だ
かなり冷静な自分がいて、助かる。

受験間際になると、子どもを心配するあまり、だんだんカリカリしてきてきて、いきり立ってくるのだろうか?

うーん・・・どうやろ???

その時になってみないと、
自分でも、ようわからん。
もともと、負けず嫌いな性格だし・・・。

だから、本当に、”親業”を知ってよかったと 思っている。

子どもの為に、毎日毎日 「勉強しなさい」 と言い続けている親は、どのくらいいるのだろう?

それが子どもに対して 効果がないと 知っているだけでも、
もうけもの

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