3兄弟VSおかん道 修行日記

こどもの心が元気に育ちますように。子育て下手の私でもできた「親業」を取り入れたプライベート育児日記・不定期更新中

2012年06月

先日起こった、中学校の 異臭事件。
警察、消防による 検証の結果、学校の異常はなく、校内の安全が確認された。
”原因不明” だそうだ。

誰かが 「臭い」 と言い出して、
周りの何人かが 気分が 悪くなり、
大事をとって、保健室へ。

そのうち 何人かが 大事をとって 病院搬送されることになり、
救急車を 要請したところ、
”異臭”と”複数人” のキーワードで、警察、マスコミの 駆けつける事態となったそうだ。

救急車、パトカー、マスコミ車輌で、校庭が 占領される。
あまりの騒ぎに、
学校側も 生徒たちの 健康面と共に、メンタル面を心配したことだろう。

大事がなくて 何よりなのは、言うまでもないが、
中学生の こころと身体の繊細さを 改めて感じる事件だった。

いつもと 違う 臭いを 嗅いで、
身体の危険を感じ、いつもより 過敏になる。
それは 一種の 防衛本能なのだろうと思う。

その過敏さが 周りに伝わり、
恐怖となって 連鎖していく、という現象。

これに 対しては
周りにいる 大人たちが
慌てすぎずに 安全を 保障してあげて、
どっしりと、しっかりと 支えてやる必要が あると感じた。

いつもは、6時15分に 帰ってくる長男(中3)が
「お母さん、テレビつけて!NHK!」 と叫んでいる。

あれ?学校から帰ってきたんや。まだ、5時すぎやん。
声の強さが いつもと違う。慌ててテレビをつけながら
「どうしたん?」

「害虫駆除の薬をまいていて、1年が何人か気分が悪くなって、過呼吸で緊急配送されたんやって。
それで、クラブがなくなった。明日の朝連もなし。
NHKの車が来てた!」
見慣れない 学校の光景が まだ脳裏に焼きついているのか、
興奮気味に話す。

そういえば、ペリコプターの音がうるさい。
あれは 中学校の上空を 飛んでいたんだ・・。
何機も飛んでいる。高速道路の渋滞時に飛ぶヘリコプターと 明らかに様子が違う。

もっと 詳細な 説明が聞きたい。状況説明の下手な長男!!
中3やろ、もうちょっと 具体的な様子を説明できんか~

「二男は?まだなん?」
「知らん」
長男は テレビのリモコンをいじっていたが、どこのチャンネルでも ニュースを報道していないのを確認すると
あきらめたのか、本を読み始める。

二男は1年だ。
急に心配になってくる。
まさか 巻き込まれているのではあるまいな・・。
帰宅時に、いつも 何気なくチェックしている 留守番電話の伝言を示す赤い点灯。
見落としていなかったか、あわてて確認。

携帯電話も確認。
学校からの通知はない。
だから、多分、二男は巻き込まれていない。

多分・・・・なので、確証はない。
学校に 電話を入れたくなる 衝動を感じる。

二男は、なかなか家に帰ってこなかった。

しばらくして、放課後遊びから 帰ってきた三男が、二男は 小学校にいると教えてくれた。
そういえば、今日、卒業アルバムを受け取りに行くと言っていたっけ。

やっと 帰ってきた。
「ああ、やっと安心できた~」
わかっていても、なんとなく 顔をみるまで 落ち着かなかったので、素直に表現する。
やや呆れ顔の 二男。オカンはいつも 心配してんねんでぇ~

二男の友達が 病院に搬送されたらしい。夕方のニュースでは みな軽症だということなので、大事には至らないだろうと、気持ちを落ち着ける。

電話が 何本か入る。

「ご心配頂きましたが、ボクは大丈夫です。」
二男を電話に出させて、その横で模範応答。ちゃんと言ってる言ってる~

中学一年生だった時
夏休み中に 障害事件に遭った時の事を ふと 思い出す。
わたしは、不審者に 後ろから 頭をたたかれて、そのまま病院に搬送された。
しばらくして、会社にいっているはずの父が、背広姿で 現れた。
慌てた様子で 部屋に入ってきた父は いつもと違う 表情だったな。

親業の教科書
「親業
  子どもの考える力を伸ばす親子関係の作り方 トマス・ゴードン著 大和書房」

もう、何回読んだだろう・・・・

わたしと、親業の出会いは、
図書館の棚ざしで見つけた、
この続編にあたる「親に何が出来るか『親業』」という本で、
もう、絶版になっている。

なので、”教科書” との出会いは、もう少し遅い。

訳本の 独特の言い回しが
当時 本と縁のない生活を送っていた私にとって 多少は 気になったが
それを上回る内容で、
目からウロコ・・・・・ポロッ・ポロッ・・・ドバッ(一気に剥がれ落ちる)。

「ああ、これこれ!!そうそう、そうなのよねえ~」

ゴードン・メゾットの基本 ”受容” まさに そうされたという 心地よさ。
こころにスッと入ってきて、以来我が家の”子育てのバイブル”
不動の地位を確立

「ああよかったわ~ もう一回 読もう!」
即時に 再読を 試みるが
そうは言っても、字は小さいし、一度読んだものは 感動も低い(あたりまえ)。
モチベーションは急降下・・・に素直に従うわたし。

なのですが!

何か問題がある時、
日々の親業的かかわり方で、上手くいかない時や、独りよがりになった時、疑問が出た時に開いてみると、
必ず 新しい答えを 発見する。
読むたびに、違う書物を読んでいるかのような、新鮮な出会い

「あれえ~??こんなん、書いてたっけぇ~????」

表紙の 薄汚れた手垢と共に
行間の 間合いが伸び、
言葉が 追加されている。
見えないページが 追加されている。

増える本。お得です。
(実際のページ数は増えませんので、この件の苦情はご遠慮ください。)

思いもかけない一言に、ひどく 傷つくことがある。

それは 多分、送り手側からすると、他愛のない一言(?)なのかも しれないけれど、
湾曲した言い方や、隠れた メッセージなどが あるときは、
受け手は もちろん それも 受け取るので、


ええっ? 今の どういう意味???????

意味を 解釈するために、思考の一切が とられる。

頭が 答えを求めて、ひたすら 働く。

受け手の 頭の中が、何の 片よりも無く、
公平で 本当に まっさらであれば、
他愛のない一言は、他愛のない一言に すぎないかもしれない。

だけど、相当の確立で、その人の 価値観や 想いがあり、
公平な 立場でないときは

他愛のない一言は、何かしらを 伝えている メッセージとなり
その意味を求めて、頭は ひたすら動く。

信頼している人からの 言葉だと、
こころが裸の状態なので、
他愛のない一言でも、致命に値する。

人間の脳は、答えが見つかるまで 無意識で動くそうだ。

ああ~つかれた

脳機能科学者の 苫米地英人氏の 著書に
「天才脳」 と 「奴隷脳」 という 言葉が 出てくる。

「これからは、『天才脳』 でないと 生きていけない」
「天才とは、『自分の才能を活かし、好きなことを仕事にし、やりたいように 楽しく 生きていける人』 『本当に好きな事を自由に、自己責任でやる子』」

そして、
「自分で自分の人生を 選択できる子」 がもつ 「天才脳」 に対し
天才から 一番遠いのが、「奴隷脳」。

「思考停止状態で 自分でものを考えず、人のいいなりになってしまう 無気力な脳」
のことを 指すらしいのだが、

何と言っても、ショックなのが
「奴隷」 という言葉・・・

なんという・・・
でも、ピッタリくるかも・・・?

子どもは 1つの人格をもっており、決して 親のものではない。それを はき違えて 子どもを 親の思うように 私物化している親が 世の中に 蔓延している。
そして、「奴隷脳」 が出来上がる・・・・

フムフム
恐ろし~

「禁止する言葉」は 記憶の感情に 影響を及ぼし、感情の記憶は 理論が 通用しないのです。(中略)感情の記憶は 論理を飛び越え、制約だけを残し、その人に 強い暗示を かけてしまうのです。
           ~「天才脳」子育て術 苫米地英人(ミリオン出版)より~

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