3兄弟VSおかん道 修行日記

こどもの心が元気に育ちますように。子育て下手の私でもできた「親業」を取り入れたプライベート育児日記・不定期更新中

2012年12月

今日は祝日。
そして、クリスマス!!

だけど、我が家は夫が仕事なので、子どもたちと私は家で過ごしている。

夫の帰りを待って、
ちょっとしたホームパーティ

久しぶりに、ケーキを焼いた。
久しぶりだから、ちょっと気合が入った。

「チーズフォンデュが食べたい」という
リクエストに応えて、
ホームベーカリーで、フランスパンを焼いている。

家族で過ごすクリスマスも、
もしかして、カウントダウン・・・始まっているのかな?

お金をかけなくても、
多分、とっても楽しい。

豊かなクリスマス

片付けが 苦手なわたしは、
スッキリとした 家の中に 憧れている。

でも、なかなか スッキリとならない。
なぜ?
それは、至極明快。

散らかす量が 片付ける量より 多いから。

片付けが苦手な人は、持ち物を 減らせば良いそうで、
例えば 一年使っていないモノは 不要なものとして、処分せよと書いている本もある。

・・・で、2回ぐらい 処分しかけた クリスマス用の食器。

何かのきっかけで 買ったのだけど、もうそれも 思い出せない程、思い入れも何もない。
2客しかないし、
マメに ”お茶” する・・・なんて 洒落たこと、
できない。(やる気がないとも言う)

カップやお皿は いつも同じものを使っていても 平気で、
ちょっと別のカップを使おう、なんて 面倒くさいことは 考えない性格。
出すのも 片付けるのも 面倒くさい。
実は、そんな こころの余裕がない。

そんなこんなで、捨てられそうになった カップなんだけど、
この前、
台所の 食器スペースの レイアウトを変えてみたら、
それ以降、毎日のように使っている。

「あれっ クリスマスやん!」

朝のコーヒーを このカップに注いで、夫に出すと、すかさず子どもが反応した。

実は、戸棚の上の、一番使いにくいスペースには、今まで 調味料やら 麦茶やらが 置いてあったのだけれど、
それを一掃し
喫茶店の様に、カップ&ソーサーを ゆったりと 置いてみた。
クリスマスのカップ。今まで ほとんど使わなかったけど、これも置いちゃおう!

安物でも、そこはシーズンモノ。
やっぱり12月になると、クリスマス柄はポイントが高く 気分が上がる。

捨てられそうになったのに、命拾いしたね。よかったね。

その他、戸棚の一番 隅っこに 締まっていて、
めったに 使わなかった”パン焼き機”も
ほとんど 出しっぱなしのように、手軽に使えるスペースを 確保してみた。

それから、
パン焼き機は、何度かせっせと 仕事をして、我が家は 時々パンの焼ける なんとも美味しそうな匂いに包まれている。

親業にも、”環境改善”という 項目があるが、
子どもが育つにつれて、生活リズムやパターンが変わるので、
わたしは”環境改善” が大好き!

環境改善の極意は
楽しんで、苦なく できるようになること。

そのために、知恵を使っている時
ひらめいた時、
そそくさと、環境を変えて
家族に ”ドヤ顔” しているわたし。楽しい

なんたって、食器を使い分けたりしてるわたしって、
ちょっとすごいヤンって
今までの自分から、ちょっと進歩を感じるから

三男(小5)は、運動神経だけは 良い。
走りも速い方だ。恒例のマラソン大会も、運動をしていないわりに 速い。

「まあ、速くていいねえ~、うちの子は遅くって・・・」

マラソン大会で、こんな風に言われることが よくある。
「いや、あの子は もともと速いのよ。努力しなくても、そこそこ走れるの。」

努力しても、もともと 走るのが 遅い子がいる。
努力しなくても、もともと 速く走れる子もいる。

三男は後者。
長男(中3)は前者。

自分の子どもが速く走れずに、ヤキモキしながら 観ている お母さんに
わたしは、冗談交じりに
「一緒に走ってみたら?」 と言いながら、昔の自分の話をする。

長男が小2の時、
マラソンは、ビリから数えた方が早いほどで、
あんまり遅くて へばって息が上がっていて、

わたしは、そんな我が子の姿を いつもイライラした気持ちで見ていた。

なんか、許せなくて
どうしても、優しい言葉を かけてあげられなかった。

それで、2キロの親子ペアマラソンの出場の誘いに乗っかることにした。

2キロくらい、走れるよ~
少なくても、ヘナチョコ長男よりは、きっと速い。

これに出場すれば、母親の努力する姿、走る姿をみて、感動して、
長男も前向きに マラソンに取り組むようになると、信じていた。

結果、
市民マラソンを甘く見てはいけない。出場者は皆、走りに自信のある人ばかり。

ビリだった・・・。走れない心臓が破けそう

そして、見るも無惨な母親の姿を、何も言わずに
その場駆け足で、見守りながら、最後まで伴奏してくれた長男。
本当に何も言わずに。

わたしは、
自分ができない事を 子どもに要求することの 恥ずかしさを 思い切り 味わいながら、
自分がいつも言っている言葉を 思い出しながら、
子どもって 何て優しいんだろうと、子どもの我慢強さに 感動した。

それからは、もう、
マラソンを走っているだけで、尊敬~すごいって 心の底から思える

わたしの様に、
負けず嫌いで、つい子どもの姿に口を出してしまいそうになる人には、
絶対のオススメです。

ホントにやってみてね

2学期末の個人懇談会。

昨日は三男(小5)の個人懇談会だった。

「お母さん、知ってました?実はね・・・・」
三男は、クラスの”代表委員”に立候補したらしい。

しかし、惜しくも(?)破れたそうだ。

先生いわく、
「宿題や忘れ物が多くて、黒板に貼り出されているので、それで票が入らなかったんだと思います。」

忘れ物の多さと字の汚さは、相変わらずだが、
本人は全く気にしていない様子だ。
まあ、性格はいいし、明るくて よく気がつくので、
先生としても、親としても、「まあ、しゃあないなあ~」 なんて
ついつい、甘くなってしまい、

・・・現在に至っている

その辺りは、”甘え上手” な三男の強みではあるが、
もちろん計算済みなんだとろうと、認識をシェア。

「先生、『汚い字を書いていたら、間違いになるよ』、なんて仮定の話なんて、彼には効きません。
読めない字を書いている時は、0点でいいです。
痛い目に実際に会わないと、ダメなんです。」
「わかりました。」

友達は多いが、妙に周りを気にしすぎて、落ち着きがないのも 彼の特徴。
”気にする” というのか、”気がつく” というのか・・。

自分のペースを持てていない? これは気になる所。

どうしたら、彼を伸ばしてあげられるのかを議論。

「今までも、一人遊びはほとんどなし、友達の中で育つタイプだと思います。」
「周りのことに良く気がついて、あれこれ口を突っ込んでいますが、仕切りきれずに、時々煙たがられるようですよ。」
「前に、子どもの中であれこれと指図をする子は、”自己チュー”だと非難されると聞いた事があります。」
「三男で、常に兄たちから仕切られているので、”仕切りきる”自信がないのかも・・・」
「相手によって接し方が変わりますね」「それは天性のものです」
などなど。

忘れ物の多さについては
「家に帰って、『忘れ物が多くて、お母さんはビックリした』 と言って、泣きます。」
と言うと、
「わかりました。泣いてください」 と先生。

三男の作戦会議は終わり、
暗い顔をして 家に帰ることにしたのだのだが、
心中はむしろ 晴れやかだった。

「教師と親が、2つの”轍”となって、児童を支え育てていけたら」
長男が小学校に入学した時に、ベテランの担任の先生が言ってくれた言葉だけど、
自分の子どものことをコレだけ真剣に語り合えたことに、とても満足していた。

”わたしがちゃんと育てなくちゃ”、なんて
ついつい一人で背負い勝ちになっちゃうけど、

子どものもう一つの顔を 間近で見ながら
母親とは 違う愛情で 育ててくれている人と、
こんな風に、勉強に関係ない子ども自身のことを 真剣に話せて、本当にありがたい。

先生に感謝です。

12月の 個人懇談を前に、
長男(中3)の志望校を決める時が 近づいている。

基本的には 進路は本人に任せているが、
成績的に 微妙・・・なので
わたしは個人的には
恥ずかしながら、本当は気になって仕方なかった。

塾にも行かない。

行かなくても この成績が とれるんなら、
行けば もっと成績あがるのになあ~ きっと。

何度か 声かけてみたけど、
「行こうかな・・・」 と言いながら、その後は 何も無し。
行く気ないんやん

あ~あ
あんまり、言わんとこ。

ようやく勉強し出したのは、2学期の期末テスト。
今から頑張っても、合否判定の50%をしめる 内心点が悪い。

「お家の人と、よく話し合ってくるように。」

担任の先生から言われているそうだ。

”この成績ではムリ” と、門前払いなら、悩まなくても済む。
微妙に望みがあるのが、なんとも 悩ましい。

強制的に、入塾手続きをするべきだったかな?
時々、わたしの中に”後悔”が顔を出す。

さて、夫と軽く打ち合わせた後
長男を呼んで、いわゆる ”家族会議”。

わたしは、
「勉強する」と 自ら言っておきながら
イマイチ乗らない、なんとなく身を持て余している、悶々としている長男の姿を、
毎日見ていたので、

これも、受験生をもつ親の試練かなと思いつつ、
実は最近、結構イライラしていた。

「行きたい場所に向けて、もっと頑張るって思っていたのに、ガッカリした。」
「あんたの人生だから、お父さんもお母さんも、責任とられへんのよ。」
「わたしはもっともっと自分を大事にして欲しい」
と正直に言った。

自分の望む高校に向けて、
追い上げて イキイキとする 長男の姿を 応援したかった。
何とも悔しい気持ちが、厳しい言葉を言わせた。

イライラが溜まっていたことも・・・・・ある。

わたしが、
「もっと皆、塾とか行って、必死で頑張っているみたいよ。死ぬ気で 頑張ってほしいわ」
というと、夫が横から
「いや、死ぬ気で 頑張らんでもいい。そんなんは もっと先でもいい。」
と言ってくれた。わたしも急いで
「そう・・。ホンマ、死んだらアカン。たかが高校受験や。もっと頑張らなアカン時が来るわ」
と言い、前言を撤回

長男は
「こんな、”人生の分かれ目” みたいなこと、初めてやから・・・」
と、戸惑いながらも、
「自分で決める。」

夫とわたしは
長男の 当事者意識が なんだか 薄く感じられて、それを本人に伝えるうちに、
まだ中3だから、こんなものなのかなあと、思い直し、

また、志望校についても、
漠然とした憧れで、本当はそれ程強く 望んではいなかったのかなと、
それもまた、無理からぬことかなと、
思ったりして・・

ふわっと ゆるく 考えられるのも
若さの特権で、

縁のあるところで、また、縁が繋がっていくという体験は
わたし達のほうが 立証済みであるし。

まあ、色々と話せてよかった

話しているうちに、
見えてくるものが ある。

そして、伝えきるって、やっぱり大切
ああスッキリした~

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