2013年10月

2013年10月24日

失敗すると優しくなれる

大きな失敗をしてしまった!
それも、一年前に。

今年の秋祭りの 当日の朝、
子ども会が使用する みこしの 準備中に
飾りに 使用する 用具が見当たらず、
昨年の 収納責任者である わたしに、問い合わせがあったのだけれど
そんな昔のことは、全く 思い出せず、
全然 思い出せず・・・・・

「えーっ なんで ないの????」

みんな大騒ぎで 倉庫を捜しているが、見当たらず、
わたしは、倉庫に収納したかどうかも、記憶が戻らず、

多くの人に、迷惑をかけてしまった。

捜している用具は、結局 別のものを使って、2日間の祭りは無事に終わった。

ショックと、
情けなさと、
驚き・・・・

記憶をたどるが、
もう、ムリ・・・・・

出てこない

みんなに迷惑を掛けたと 謝り、
何とかその場にいる。

でも、情けなくて、情けなくて、泣きたい気分。

こんな 弱っている時は
周りの人から、どう思われているだろう?と
気になる自分が いる。

元のわたしが 顔を出す。
2~3日は しっかり居座る。

偉そうな事を言っておきながら、
当たり前のこともできないなんて、
サイテーやん

そんな事を 言われているのではないか?
噂されているのではないか?

ああ、もしかして、そうかもしれない・・。

無力感。

とりあえず、
子どもと夫だけは、私を見捨てない。
コレだけは、ゆるぎない。
そう 思えることは ありがたい。本当に ありがたい。

いや、それ以外に、私を見捨てずに 思ってくれる人もいるはずだ。

「ホントに思い出されへん・・・どうしよう?」

率直に偽らずに 自分の本心を言ったとき、

「忙しいからね・・」
「誰でもみんな失敗はあるよ」
「こちらも確認しておかなかったから・・・」

何人もの人に、優しいなぐさめの言葉を かけてもらっていた。

そうだ。

失敗したからと言って
わたしの全てが 否定されることはないのだ。

わたしの”価値”はなくならない。

そうなんだよー。

いいこともある。
確実に子どもに優しくなる。



oyagyo70z at 17:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 私の成長 

2013年10月09日

子育ては、あほらし~い

あほらしい!
あほらしい!!

ホンマに

わたしが一生懸命
がんばって、

出来るだけ、怒らないように
機嫌よく、仲良く
毎日過ごそうと 思っているのに、

ホンマ、
子育ては あほらしい。
あほらしいぞ~

やりよった・・・アイツ(三男:小6)
また、ピアノのお稽古を サボった。(正しく言うと、忘れていた。)

二男は中2の 中間テストの期間中に、
遊びほうけて、疲れて寝てた。やる気なし。
「大丈夫?」 というと、ムキになって怒ってきたから、わたしも逆切れ。どうなってんの??

長男は、高校に入ってからずーっと 生活時間が 乱れて みえる
(一応課題はクリアしていると思うけど)。
本人が改心するのを待って、と思ってたけど、

あ~あ、今日は、なんか腹が立つ!!

一度、腹が立ってしまうと
もう!どいつも こいつも なのだ。

子ども三人を目の前に、一気に悪態をついてしまう。

わたしって、普段こんなに 我慢しているのかな?
感じないように していたのかな?

ゲゲゲッ 不満が・・・。

嫌なおんな。
自分の素性の悪さを 思い知る。

はあ~

一生懸命に 物分りのよい、オカンになろうと思っていたのか?
そんなんは、ムリだ。
わたしは、受容されて育っていない。
規制だらけで育ってきた。
夫とは違う。
(夫は、受容的に育っている)

子どもの事を 人格的に信用できるようになり、
彼らを、出来るだけ 尊重したいと 思ってはいる。
だけど、わたしは、
彼らを無条件に受け入れるのは ムリだ。
ムリなんだ。


あっ

そうだ。

それで いいんだっけ。
(こんなとき、いつもわたしは「親業」の本を読み返す)

彼らは確実に 自分の道を歩んでいる。

そうなのだ。所詮、母は捨てられる。
どんなにがんばってみても、結果は同じ。そう変わらない。
(母を捨てられない息子も困るではないか。)

それならば、自分の受容の限界を正しく知っておくほうが
いいのだ。
子どもも それを知りたがっているのだ。

対立は必ずある。
対立を恐れてはいけない。

だけど、わたしは 対立が苦手だ。
自分の中の ”イヤだ、我慢できない” を意識すると、
つい力を使って、子どもの行動を ”何とかしたい” と思ってしまう。

「・・・しなさい」
「・・・しなければ、クラブを辞めさせるよ」(脅迫:規制をかける)

そうではなく、

「お母さんは○○はイヤなんだ。」と
それだけで勝負する。
”親の力”を使わずに、自分という”人間”で勝負するのだ。

使える”力”を使わずに、我慢するのは、”精神的な修行”が要るが、
勝負どころを換えるだけなら、やりやすい。

わたしという人間の受容線を示し、価値観を示す。
後は、子どもに任せる。

だけど、これには、
母親も、何が正しいかわからないなりに、自分なりの考えを持ち、そして言い切る、
子どもに頼らない
強い気持ちがいるんだな・・。

正直、怖い。
でも、大丈夫。自分を信じよう。
ガンバレ!わたし。


oyagyo70z at 10:50|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 子育ていろいろ事件 | 私の成長

2013年10月03日

対立はチャンス!・・自尊心を育てる親の向き合い方

先日の ”ピアノ教室すっぽかし事件”から、
ここんとこ、

三男(小6)は、まじめに ピアノを練習するようになった。

三男としては、
ピアノは 嫌でないのだけど、以前ほど楽しいというものではなく、
まあ、どちらでもよい・・とのことで、

11月の発表会までは、頑張ろうということになった。

ピアノに通い始めたのは、もともと 夫と私のすすめ。
三男からの 申し出ではない。

勉強するのが 嫌いな三男。
じっと机に 座っていられない。

せめて ピアノでもやらせておこう・・・くらいの気持ちで 習わせている。
(その代わり、勉強には目をつぶって)

ピアノの先生との 相性も良く、

「えっ??ピアノ習ってるの?」
という、
まるで 文化的な香りのしない、”昭和” レトロ感が漂う 三男の、
意外な習い事に 驚いてくれる声も、心地よいらしく、

レッスンの最後に出される ”飴”を 舐めながら
意外と、機嫌よく 帰ってくる。

しかし、
毎日ピアノを練習することは
決して 容易なことではない。

ハッキリ言って、三男は、わたしの顔色を見ながら練習している。

練習時間は、

彼にとっては、”お母ちゃんが許してくれる程度に 一番短い時間” と、
わたしは、”三男が自分で頑張ってやろうと思える 一番長い時間” の、

この2つを満たす 公約数・・・

この折り合いをつける話し合いは、もちろん、
親業スキル”ちゃちゃっと勝負なし法(立ったままする短い話し合い)”で
もう、当たり前のように、
率直に意見を交換し、相手に配慮する。

とりあえず、毎日5回 弾くことで、落ち着いた。
それから、自分から ピアノに向かい、頑張って 弾いている。

彼を 頑張らせているものは、
お母ちゃんとの
”信頼に応えたい” と ”信頼を失いたくない” という
2つの 自尊心 なんだろうな。

健気でかわいい。



oyagyo70z at 08:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 子育ていろいろ事件 | 三男