新聞の折り込みチラシは、必ず目を通す。
昨日198円で買ったレタスが今日158円だとショック。朝からちょっとした無能感に浸る。
同じものなら、一円でも安く手に入れたい。

この、少ない費用でより多くのものを手に入れたいという”消費システム”の考え方が、生活の全てに来たしているそうだ。
少ない労力で 最大の効果・報酬を手に入れる。

公共サービスの受給は然るに
学校のPTAの役員の仕事から大学での単位取得まで、
全てを損得で考える。

先生への質問は、
「これは、試験に出ますか?」

全ては”費用(労力)”対”効果”。これらが消費社会による合理的な考え方によるものだとすれば、妙に納得がいく。

だけど、そんな風に割り切って考えてしまうことに 何だか抵抗がある。
(もちろん、レタスは安いほうがいいが・・。)
PTAでも、子ども会役員でも、消費型の、ただ”与えられた役割をこなす”では人は育たない。
第一、楽しくない。

いや、まてよ・・
「これは試験に出るよ」「そんな事していたら、捕まるよ」とか「内心点に響くよ」と言われ、
「お手伝いをしたら、おやつをあげる」という 環境は
消費システムそのもの?
労力を モノや点数・お金に変えることをしているのは、大人たちではないだろうか。

自分の中で、ビビッと湧き起きる
「これができた」「ああ、わかった」「役に立ててうれしい」という満足感や達成感。
それらをただ純粋に味わったり、誰かと共感する体験が乏しいまま
代価を与えられると、
素直な子どもたちは「そんなものかな」と合理的に考え、
代価がないと 何もしないようになるのではないかな。

社会全体に消費型が横行しているように見えるが、
せめて損得勘定は、
もう少し長いスパン、5年後や10年後のことや
家族全員を取り巻く環境のことも考えて、
それから、最も大切な”幸せ感”も考慮し 計算してみたい。