今日は奈良少年刑務所で更生教育の講師をされている
寮美千子さんの講演会に行ってきました。

少年たちの書いた詩の中に、とても印象的なものかありました。

「いつも いつでも やさしくて」

ぼくが泣いて帰ってきたときも
怪我をして帰ってきたときも

いつも いつでも やさしくて

ぼくがはじめてウルセーって言ったときも
初めて学校で問題を起こしたときも

いつも いつでも やさしくて

ぼくが落ち込んでいるときも
反抗したときも

いつも いつでも やさしくて

そんなやさしい母さんだから
ぼくもやさしくしようっていう気持ちになる

でも ぼくのなかには「俺」がいて
そんな「俺」は時々
なにかに当たり散らして
ブツかって生きたかったんだ
でも

あなたは いつも いつでも やさしくて

だから本気で ブツかれなくて
だから本気で わがまま言えなくて
だから本気で さびしくで

やさしさで包んでくれる母の愛

ぼくはしあわせだけど
その「愛」が「やさしさ」が
ぼくのなかの「俺」を不自由にする

「俺」を母さんのまえで自由にして
本気で手足をバタバタさせたい
いつも いつでも

でも 少しも母さんに迷惑かけたくないんだ
そう そのやさしさの前では

いつも いつでも やさしくて
 (「空が青いから白を選んだのです 奈良少年刑務所詩集」:寮美千子編 新潮文庫より)

やさしさが真綿のように人のこころを締め付けることがあります・・・と寮さんのコメントが入ります。
少年の、母親を苦しめたくない気持ちと、本当の自分を愛して欲しい、認めて欲しいと叫んでいる気持ちが葛藤しているさまが、とても苦しくなります。

少年は、母親にもっと爆発して欲しかったがために、
本当の自分を見せないことに苛立ちながら問題行動を起こしたのかなと、つい考えてしまいます。
淋しくて、淋しくて、最後まで行ってしまった。

愛情がホンモノかどうか試してみたくなる・・・愛情に確信が持てない人はよくやります。
わたしも経験があります。